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OVERVIEW

概要

面 積 68万平方キロメートル(日本の約1.8倍)
人 口 5,141万人 2014年9月(ミャンマー入国管理・人口省発表)
首 都 ネービードー
民 族 ビルマ族(約70%),その他多くの少数民族
言 語 ミャンマー語
宗 教 仏教(90%),キリスト教,イスラム教等 
 時 間 帯 タイムゾーンの名称: ミャンマー時間
協定世界時との時差: UTC+6:30
日本時間との時差: JST-2:30 
 時 間 帯 タイムゾーンの名称: ミャンマー時間
協定世界時との時差: UTC+6:30
日本時間との時差: JST-2:30 
 国 旗 ミャンマーの国旗は、2010年10月21日に軍事政権により変更された。
国 章 ミャンマーの国章はミャンマーのすべての政府公式文書、政府出版物などに使用されている。現在の国章は、2008年の住民投票を経て決定された「ミャンマー2008年新憲法」に基づく。 左右に「chinthe」(チンテ、チンシー)と呼ばれるミャンマー古来の獅子像が配され、それぞれ外側をにらんでいる。その内側にはミャンマーの地図があり、その回りは二本の稲穂が円形に囲み、上には星がある。星と稲穂の外側はミャンマー伝来の花のデザインで飾られている。下部には帯があり、ビルマ語で「ミャンマー連邦共和国」と書かれている。

国旗
国旗
国章
国章

ECONOMY

経済

経済概要 (1)1962年に発足したネ・ウィン政権は,農業を除く主要産業の国有化等社会主義経済政策を推進してきたが,この閉鎖的経済政策等により,外貨準備の枯渇,生産の停滞,対外債務の累積等経済困難が増大し,1987年12月には,国連より後発開発途上国(LLDC)の認定を受けるに至った。

(2)1988年9月に国軍がクーデターにより軍事政権が成立し,社会主義政策を放棄する旨発表するとともに,外国投資法の制定等経済開放政策を推進したが,非現実的な為替レートや硬直的な経済構造等が発展の障害となり,外貨不足が顕著化した。欧米諸国は,軍事政権によるアウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁措置及び人権侵害等を理由に,経済制裁を実施し,段階的に強化。ミャンマー経済は更に低迷し,国民生活は困窮を極めた。

(3)2011年3月,民政移管により,テイン・セイン政権が誕生。同政権は,外国投資法の改正,中古自動車の輸入自由化,為替レートの統一,国内外の民間銀行・保険会社への段階的な市場開放,証券市場整備等の経済改革等を進めた。それに伴い,エネルギー,通信,製造業,不動産等の分野において,外国投資が活発化しており,2012年以降,毎年7%前後の安定した経済成長を達成している。

(4)欧米諸国は,ミャンマーにおける民主化の進展を評価し,米国は2012年11月に宝石一部品目を除くミャンマー製品の禁輸措置を解除し,2013年4月にEUが,2016年9月に米国が,武器禁輸措置を除く対ミャンマー経済制裁を解除した。
(5)2016年3月に誕生したアウン・サン・スー・チー国家最高顧問率いる現政権は,外国投資を歓迎し,規制緩和を志向する姿勢を示し,同年7月,新経済政策を発表。同政権は,新投資法及び新会社法を制定し,外国投資をより促進する仕組みを整備しつつある。
主要産業 農業,天然ガス,製造業
名目GDP 1,267ドル(2017/18年度,IMF推計)
経済成長率 6.8%(2017/18年度,IMF推計)
失 業 率 約4.0%(2017/18年度,IMF推計)
総貿易額 (1)輸出:約148億ドル
(2)輸入:約187億ドル
(ミャンマー中央統計局(2017/18年度)
 主要貿易品目 (1)輸出:天然ガス,衣類,米,豆類,鉱物
(2)輸入:機械類,精油,製造品,化学品,食品
 主要貿易相手国 (1)輸出:中国,タイ,日本,シンガポール,インド
(2)輸入:中国,シンガポール,タイ,日本,インドネシア
(ミャンマー中央統計局 2017/18年度)
 通 過 チャット(Kyat)
為替レート 1ドル=1,511.6チャット(中央銀行レート)(2019年3月1日)
国家予算 2018年度の予算は、歳入:20兆510億Ks、
歳出:24兆9,540億Ks、
財政赤字額:4兆9,030億Ks。

参考資料:日本外務省
    :~出島~海外ビジネス最前線

HISTORY

歴史

世紀 年代 出来事
6・7世紀頃   モン族がインドシナ半島を西進し、ミャンマー南部に定住。
8世紀頃   エーヤワディ川中流にピュー族の王朝が起こる。ビルマ族がチベット、雲南方面から南下。ミャンマー南部に定住する。
9世紀   ピュー王朝が衰退し、ビルマ族の勢力が拡大していく。9世紀中ごろ、ビルマ族がバガン王朝を建設。
11世紀

1044年 バガン王朝のアノーヤター王即位。
1057年  モン族の都タトンを制圧し、バガンがミャンマーの政治、文化の中心に。仏教が広まる。
1084年  3代チャンシッター王即位。数々のパゴダを建設し、バガン王朝は最盛期を迎える。
13世紀 1287年  蒙古の大軍の攻撃で、バガン王朝はほぼ壊滅。群雄割拠時代に突入。
14世紀 1312年 シャン系民族がピンヤに築城、15年にはサガインに築城。
1364年 ピンヤとサガインの王国はインワに統合される。
 15世紀   シャン系民族に追われたミャンマー族はタウングーに逃れ、タウングー王朝を築く。
16世紀   モン族を攻略したタウングー王朝は、チェンマイに攻めいり、1564年と1569年にアユタヤを攻略。74年にはビエンチャンを征服。しかし支配力は弱く、やがてまた小国が多数出現する。
 17世紀 1635年 ミャンマー族はインワに遷都。第2次インワ王朝時代に。
18世紀  1752年 モン族が勢力を増大し、インワが陥落。タウングー王朝は滅亡。
1755年 アラウンパヤーが指揮するミャンマー軍は、ミャンマーのほぼ全土を掌握。コンバウン王朝を立て、ダゴンを占拠してヤンゴンと改称。
1767年   第3代シンピューシン王、再びアユタヤを攻略。
19世紀       コンバウン王朝とイギリスの紛争が始まる。 
 1824年 第1次英・ビルマ戦争勃発、ミャンマーはアラカンとタニンダーリを失う。
1852年   第2次英・ビルマ戦争で、エーヤワディデルタを失う。
1857年  首都をアマラプラからマンダレーに遷都。
1885年 第3次英・ビルマ戦争で最期の王・ティポーがインドに連行される。イギリス植民地時代の開始。
20世紀 1941年 日本軍の侵攻が開始される。アウンサン率いる独立義勇軍が日本軍とともに侵攻。
1943年 日本の大東亜共栄圏の一員として独立。
1944年 抗日運動開始、45年には再びイギリス領に。
1947年 アウンサン暗殺。
1948年 ビルマ連邦として独立、ウー・ヌが初代首相になるも、少数民族や共産党の反乱で内戦に。
1962年 ネ・ウィン将軍のクーデターが成功し、社会主義政策が始まる。
1981年 ネ・ウィンは大統領をサン・ユに譲る。
1988年 民主化デモがゼネストに発展し騒乱状態に。国家法秩序回復評議会(SLORC)が全権掌握。
1990年 総選挙実施。アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝、本人の自宅軟禁続く
 21世紀  2006年 ヤンゴンからネーピードーへ遷都。
 2010年 アウンサンスーチー、度重なる自宅軟禁から開放される。
 2011年 テイン・セイン大統領率いる新政権が発足し、民政移管が実現。国名も「ミャンマー連邦共和国」に変更。
 2012年 アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が45議席中43議席を獲得

参考資料:DTACミャンマー観光情報局